文字の寄せ集め

つれづれなるままに、日ぐらしパソコンに向かいてカタカタ

風が吹いたから負けました

テレビを見ていたら伊達政宗の話をしていた。戦国武将ですね。日本史に詳しくない私でもなんとなく知っている。かっこいい人みたいな意味の「伊達者」は、元々「だて者」と書いていたが、伊達政宗にちなんで「伊達者」と書くようになったとのことだった。ああ、その話なら聞いたことある。

 

その伊達政宗が活躍した戦いで、摺上原の戦いというのがあるそうな。相手は蘆名義広軍。初めは伊達軍が不利だった。理由は風下にいたから。しかし政宗は形勢逆転を果たし、見事勝利を収める。理由は風向きが変わって追い風になったから。

 

え、風が吹いたから勝ったの? 逆に言えば相手は風が吹いたから負けたの? 「なんで負けたんだ!」って言われたら「風が吹いたから負けました」って答えるの? そうなの?

 

風。そんな単純な自然現象が勝敗を左右するなんてと驚いたが、考えてみれば確かにそうだ。戦国時代ということは弓矢を使っていたことでしょう。向かい風でこちらの矢が飛ばず、相手からは勢いに乗った矢がビシビシ飛んでくる。鉄砲も影響を受ける。野原を数万人で駆け回ったら砂煙もすごいわけで、それが全部こっちに吹いてくる。笑ってる場合じゃなかったな。すいません。もちろん他にも様々な要因があったのだが、風向きの存在は私の想像をはるかに超えて大きかったということだ。

 

この時代に現代の天気予報があれば、戦は随分変わったのだろうな。「明日の天気。摺上原は朝は雨、昼より晴れ。八つより北から強い風」と聞けば、「天気が悪うございます。戦は午後からにいたしましょう」とか、「毛利のやつ、この天気ならば北から攻めて来るやもしれんぞ」とか、そういうふうに。一大ビジネスの予感である。

 

そういえば、摺上原といい関ケ原といい、みんな野原で戦いますね。それは西洋でも同じだったようで、「開けた土地」を表すラテン語 campāniam が、やがて「戦場」、「戦い」へと意味を転じていき、「社会的・政治的運動」の campaign(キャンペーン)になったそうである。