文字の寄せ集め

つれづれなるままに、日ぐらしパソコンに向かいてカタカタ

そもそもウサギでなくていい

「おおい、君。急で悪いが、何か可愛い生き物のアテはないか? 今度の祭りのマスコットにしたいんだ。イヌとかウサギとかさ。詳しいって聞いたぞ、そういうの」
詳しいかどうかはわからないが、任された以上しっかり務める気持ちです。まあウサギでいいならウサギにしよう。
「子どもに危害を加えなくて、法的に問題がなくて、世間一般のイメージが悪くなければなんでもいいから。ひとつ任せたよ」
ウサギでいいな。
任された私は森へ歩き出す。さて、可愛くて無害なウサギはどこかな。

 

目当ての森に到着。茂みをチラリ。ウサギがピョン。すぐに見つかった。実は私は「ウサギ探し名人」なのだ。

 

まずは一羽。よく見るとアマミノクロウサギではないか! 奄美大島と徳之島の2島にのみ生息する特別天然記念物。個体数およそ2,000から5,000の希少価値の塊だ。マスコットとしてこれ以上ない逸材である。これは幸先がいいぞ。

 

奄美大島でも徳之島でもないこの森に存在している理由はわからないがまずは確保、と伸ばした腕がピタリと止まる。
待てよ、特別天然記念物を捕まえてはいけないのではないか? たしか捕獲を禁止する条例がある。これはいけない。法的に問題がないのも注文のうちだった。

 

諦めて次のウサギへ。名人はへこたれずにウサギを探すものです。

 

ほどなくしてもう一羽。これはイナバノシロウサギではないか! 日本神話に名高いウサギ。まさに神がかり的僥倖! 知名度特別天然記念物を上回り、捕獲を禁ずる法もなし。

 

隠岐の島でも因幡の国でもないこの森に存在している理由はわからないがまずは確保、と伸ばしたがピタリと止まる。
待てよ、イナバノシロウサギのイメージはどうだ? ワニを騙して海を渡った逸話からは好印象を抱けない。世間一般のイメージが悪くないのも注文。また諦めるか……

 

……でも、と私は思う。条例を変えるのは難しくても、世間のイメージは変えられるんじゃなかろうか。イナバノシロウサギは肩身が狭くなくなってハッピー、私はウサギを連れ帰れてハッピー。Win-Win。イナバノシロウサギに決めた。

 

さて、印象を良くするにはどうしたものか。ワニさんたちのもとへ行って一緒にごめんなさいをするか。それもいいが、それで世間が納得するだろうか。印象が変わるだろうか。「謝罪なんていくらでもできる。心の中はわからないぞ!」そういう声もあろう。ならば仲直りの握手もつけるか。握手したから何だと言うのだ。仲直りの食事会、反省文、ボランティア……どれも違う。

 

その時、私の頭に飛来する禁断のアイデア——古事記の改ざん。都合の悪い事実は抹消するのだ。事実がどうあれ、それが表に出なければいい。太安万侶古事記を編纂して元明天皇に献上するより前にもみ消すのだ!

 

なにはともあれ時間遡行だ。これでみんなも喜ぶぞ!

 

「おーい、どうしたー。マスコットはみつかったかー?」
森の入り口から呼ぶ声がする。いつまでも私が帰らないから呼び戻しに来たんだ。
「愛嬌があって合法で無害ならそれでいいから、あんまりこだわることはないよ」
でも古事記を書き換えて、事実をもみ消せば! そのために光の速さを……
「何を言っとるかわからんが、考えすぎなくていい。その辺で適当に捕まえてくれればいいんだ」
……仕事だしな。依頼主がそう言うなら仕方ないか。
まあ君かな、と、その辺にいた賢そうなウサギを連れて、来た道を戻ることにした。

 

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仕事でも遊びでも、私は往々にして以上のような事態に陥っている。目的と手段が入れ替わってしまうのだ。ひとつの手段にこだわり、それを実現するための方策探しに没頭してしまう。困るのはなんとか実現できそうな時である。完全に実現不能となればそこで引き返すが、少しでも可能性があるうちはズンズン進んでいってしまう。結果、かなりアクロバティックなプランを創造することになる。

 

何事にも実情に即した手段が必要である。時間遡行はだめだ。まずはイナバノシロウサギに対する意識調査から始めよう。